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Pen Friend Clubs of Japan 青少年ペンフレンドクラブ

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過去のお知らせ

Pen Friend Clubs of Japan 青少年ペンフレンドクラブ

PFCの歴史

1966年(昭和41年)

少年院との集団文通

写真:少年院との集団文通10月、金沢女子短期大学高校グループが少年院との集団文通を開始し、半年間に6回の手紙が往復し、53通の手紙が届きました。

また、同グループは、後にその対象を交通刑務所の受刑者にも向けて集団文通を行い、その様子が文化祭や「ニュース」を通じて、紹介されました。

PFC全国懇話会の発足

写真:PFC全国懇話会の発足郵便友の会を精神的・物質的に支援・援助する同窓会組織として、11月6日、東京郵政局講堂に有志が集まり、元会員をはじめ、元顧問教師、元担当官等で構成した「PFC全国懇話会」が発足しました。

1967年(昭和42年)

万国博を世界の友に知らせよう運動

写真:万国博を世界の友に知らせよう運動近畿地方連合では、3年後に大阪で開かれる万国博覧会を世界の友に知らせようと、「万国博を世界の友に知らせよう運動」を開始しました。
運動は、万国博覧会提供のカラー英文絵はがきを海外のペンフレンドへ差し出して周知に努めたほか、翌年3月に同協議会の支援の下に「万国博で会いましょう 文通のつどい」を開催し、他の青少年団体の協力も得て、全国各地の知人、友人あてにカラー絵はがきを送りました。

1969年(昭和44年)

世界の水を万国博に

写真:世界の水を万国博に
写真:世界の水を万国博に

4月21日から翌年3月14日までの1年間、郵便友の会20周年行事として、「世界の友から・世界の水を・万国博運動」が開催されました。
これは、万国博会場内にある平和の池を世界中の水でいっぱいにし、世界は一つの思いを固めようという運動のねらい。その第一号として、日本の南極観測隊から南極の水が届けられ、最終的には、各国のペンフレンドを通じて、特性の容器に入れられて水が、世界41か国289箇所から届けられました。
1970(昭和45年)3月12日、平和の池で世界中の水の「注水式」が行われると共に、万国博終了後は第22回全国大会時の分水式によって、平和の池の水が日本各地に分けられ、川や池に分水されました。

1971年(昭和46年)

交通安全と交通遺児をまもる運動・交通安全キャンペーン

写真:交通安全と交通遺児をまもる運動・交通安全キャンペーン
写真:交通安全と交通遺児をまもる運動・交通安全キャンペーン

このころから交通安全キャンペーンが、より幅広く行われるようになりました。協会とJCB(ジャパン・クレジット・ビューロー)交通遺児をまもる会で「友愛のはがき」360万枚を作成して、交通遺児を励ましたほか、一般の人々に交通安全を訴えました。
また、色々な調査により交通安全に対する認識を深めたり、ドライバーへ交通安全を訴える手紙と共に折り鶴やマスコット人形等を添える、といった活動も広く行われました。
さらに、交通遺児を援助するために募金運動も繰り広げられ、1,476校の協力によって、総額750万円のお金が集められ、役立てられました。

1972年(昭和47年)

有志助言者認定制度の創設

写真:有志助言者認定制度の創設7月、郵便友の会における有志助言者認定制度が、郵政省、協会、全国文通教育研究協議会の三者の協議の下に創設されました。

そして、学校外活動の場において、顧問教師や担当官と連携を図りながら、正会員への指導・援助・世話活動を有志助言者が行うようになりました。

小学校グループの活躍

写真:小学校グループの活躍東京都杉並第9小学校グループは、10月の第16回国際文通週間に、クラブ員が分担して、世界の12都市の日本人学校へ手紙を差し出し、文通を開始しました。

また、南極観測船「ふじ」や世界一周航海の旅に出た「にっぽん丸」の乗組員との船養子文通も行い、その活動の様子は「ニュース」紙面をにぎわせ、全国の小学校グループの活性化へつながりました。

1973年(昭和48年)

ベトナム(インドシナ)の子どもたちに絵本を送る運動

写真:ベトナム(インドシナ)の子どもたちに絵本を送る運動2月、近畿地連では、使用済み切手を集め、その収益金でベトナムの子どもたちに現地語の絵本を送る「ベトナムの子どもたちに友愛の手運動」を始めることとし、全国の会員にも協力を呼びかけました。

この後、同運動は全国連合主催の運動に取り上げられると共に、ベトナムだけではなく、ラオス、カンボジア等の周辺諸国の子どもたちにも対象を広げることとし、「インドシナの子どもたちに絵本を送る運動」として行われるようになりました。また、使用済み切手の収集のほかに、募金活動が各地で行われ、日本全国の人々の協力を得て、1975年(昭和50年)4月には、第1目標の100万円を突破しました。

写真:ベトナム(インドシナ)の子どもたちに絵本を送る運動しかし、インドシナ半島の戦禍の拡大によって、運動は目標額を達成した段階で中断しました。再開したのは1982(昭和57年)で、ラオス語とクメール語の絵本2万20冊を購入し、タイ・バンコクの国連難民高等弁務官事務所を通じて、難民キャンプ内の学校へ送り、子どもたちの副読本として活用されました。

1974年(昭和49年)

沖縄海洋博で会いましょう運動

写真:沖縄海洋博で会いましょう運動3月、沖縄国際海洋博覧会協賛行事として、沖縄の海をバックにした絵はがきを利用し、沖縄の会員から全国の会員に対して「沖縄海洋博で会いましょう」と呼びかけたのが運動の始まりです。

全国連合では、郵便友の会結成25周年記念行事の一つとして取り組むこととし、同様の絵はがきを通じて、海洋博の意義や目的を国内および外国のペンフレンドへ広く知らせる運動を展開しました。

また、翌年8月14日、郵政省や財団法人日本船舶振興会の支援を得て、各地の水を持った地連代表11名、顧問教師1名、協会関係者2名を海洋博覧会場へ派遣し、水の段階において、「全国の水注水記念式典」を盛大に行いました。

郵便友の会25周年記念式典

写真:郵便友の会25周年記念式典
写真:郵便友の会25周年記念式典

8月6日から三日間、郵便友の会結成25周年記念第26回全国大会が、東京・代々木の国立オリンピック記念青少年総合センターで開催されました。

二日目には、NHKホールに三笠宮寛仁親王殿下のご臨席を仰ぎ、「25周年記念式典」が盛大に行われました。

また、7月30日から8月11日まで、郵便友の会の活動内容を紹介した「郵便友の会25周年記念展」が東京・大手町の逓信総合博物館で開催されたほか、25周年記念シンボルマークの制定、記念シールの発行、25周年史編さん、記念植樹、記念のつどい、座談会など多彩な行事を展開しました。